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2013年3月20日水曜日

萩往還ワンデーウオーク2013 佐々並コース 参加報告

2013年3月16日(土)晴れ、約600名「新聞報道」。

               主催:萩往還ワンデーウオーク実行委員会。
共催:萩市・同教育委員会・同体育協会・山口県ウオーキング協会。


山口県ウオーキング協会の仲間と自然を感じながら、体に優しくゆっくりと歩いて来ました。

佐々並コース20.3㎞は佐々並公民館前で主催者の挨拶、「ちょるる」と一緒に御当地体操で体を解しスタートしました。
佐々並市と明木市の伝建地区の間に、中ノ垰・一升谷を挟みアップダウン、乳母の茶屋で昼食。急坂の悴坂を越え「道の駅 萩往還」の接待で一息、大屋川先から萩往還を離れ、国道262号の歩道を遠くに指月山・萩城跡を観ながら南下。国道191号を萩警察前・唐樋町交差点を経て、萩往還の起点の唐樋札場に到着。田町商店街の御成道を菊屋家住宅、菊屋横丁で御成道をお別れ、高杉晋作誕生地を経て元野球場跡の中央公園にゴール。
お接待のお汁粉を頂き、シャトルバスでスタートの佐々並まで送って貰い、ありがとうございました。(シャトルバス:中央公園13:50 ⇒佐々並P14:25)

☆トピックス:因みにもう一つのコースは、明木市~中央公園の10.8㎞でした。
  約730名「新聞報道」

申込用紙

【ゆっくりコースタイム】スタート・佐々並公民館前9:00~(佐々並市重伝建地区)~千持峠登り口9:08~落合休憩所9:23~落合の石橋9:28~国道262号合流9:36~国道262号分れ9:42~(落合川沿いの萩往還)~国道262号合流9:53~𨨞ノ峠9:56~𨨞切給水トイレ・七賢堂前9:58~JRバス中ノ峠バス停10:02~国道262号分れ10:11~五文蔵峠・一升谷頂上10:13~一升谷休憩所10:19~一升谷の古い石畳10:45~国道262号高架下10:54~赤間関街道中道筋分れ10:56~T字路・明木市10:59~乳母の茶屋(昼食)11:02/19~明木橋・明木川11:20~松陰先生歌碑11:30~旧萩有料道路高架下11:31~(明木川沿い・殉難三士の碑)~悴坂休憩所11:54~悴坂・鹿背隧道11:56~道の駅 萩往還12:06/08~(大屋刑場跡・女体解剖の碑)~悴坂一里塚12:17~旧萩有料道路高架下12:19~(萩往還梅林園)~涙松跡12:28~大屋の道標12:35~萩の乱慰霊碑12:39~国道262号合流12:45~JR山陰本線高架橋12:47~橋本川・椿大橋12:55~国道191号・警察前交差点18:08~御許町交差点13:13~(萩バスセンター)~唐樋高札場13:17/17~(御成道・田町商店街)~菊屋横丁・高杉晋作誕生地13:35~ゴール・中央公園(元野球場跡)13:40。


◇スタート、佐々並公民館前。
受付後、多くのウオーキング仲間と楽しく歓談。御当地ソングでゆかいな準備体操して出発。
参加グッズ

ちょるると一緒に準備体操、佐々並公民館前

◇佐々並市。
昔の建物が良く残り、文化庁の重伝建地区に指定されている。
佐々並市・林屋旅館前、

◇中ノ垰・五文蔵峠・一升谷の石畳。
峠を二つ越えのアップダウン、木々の中で自然を満喫。
千持峠・登り口、スタート後8分で団子状態

 𨨞ノ峠 標高405m、国道262号上

一升谷・登り口、五文蔵峠

一升谷石畳、昔の石畳

◇明木市。
萩往還と赤間関街道中筋道が交わる重要な宿場町。昼食の萩往還交流施設「乳母の茶屋」は、毛利家の乳母がお茶屋を下賜されたと伝えられています。
明木市

乳母の茶屋・萩往還交流施設

松陰先生歌碑

◇悴坂。
萩往還は急坂。明治になり隧道が真下を貫通、現存する石積隧道は珍しく、蝋燭照明用かL字型の金属が側面に有る。
悴坂休憩所

悴坂・登り口

鹿背隧道、悴坂の真下を貫く

鹿背隧道の燭台、L字型の蝋燭立

◇道の駅 萩往還。
元有料道路の料金所、食堂・売店や松陰記念館などがある。
道の駅 萩往還、

同上、松陰記念館前の松陰先生・高杉晋作・久坂玄瑞

栗山考庵、女体解剖の碑

悴坂一里塚

◇涙松跡。
旅立つ人が最後の見える萩の城下町を眺め、これでいよいよ萩の街ともお別れだと涙し、また帰ってきたときは嬉し涙を流すことから「涙松」と名ずけられたという。
涙松跡、松陰先生の歌

路傍のヒガンザクラ、とても綺麗だった


◇大屋・椿地区。
市街に入り、国道の歩道を安全にウオーク。
大屋川そばの古い道標、左:山口・吉敷 右:木間

萩の乱 慰霊碑

夏みかんの木

◇唐樋札場。
萩往還の起点、終点は三田尻お茶屋(防府市)。此処から萩城までは御成道の田町商店街。
復元された唐樋札場

同上、説明板

◇城下町萩。
キャッチフレーズ、「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」をゆっくりウオーク。
菊屋横丁、高杉家の通り

高杉晋作誕生地

高杉晋作銅像

◇中央公園。
ゴール・アーチで「ちょるる」のお迎え、多くの方が記念写真。子供以外の其れなりの方々にも大人気。
中央公園、ゴール


2013年3月15日金曜日

山口県ウオーキング協会2月例会(2013年)時色の町・萩の歴史を訪ねるみち 報告

2013年2月17日(日)曇り、一般向、約15㎞、35名参加。

担当:宇部ウオーキング協会。


日本ウオーキング協会、美しい日本の歩きたくなるみち500選35―04。

古地図で歩く萩の町は、キャッチフレーズ。昨年発行された「ぶらり萩散歩」を参考に城下町萩デルタ東側の松本川両岸を維新の歴史を感じながらウオーキングしました。因みに萩デルタの西側は橋本川です。

参考文献 ぶらり 萩散歩 監修・執筆:一坂太郎、発行所:㈱ウエスト・パブリッシング
萩市観光協会HP  http://www.hagishi.com/ 



【コースタイム】JR東萩駅9:55~(萩橋)~前原一誠旧宅9:58/10:00~井上勝旧宅地跡10:15~長井雅樂旧宅地10:20~林百非旧宅地10:28~藍場川小橋筋10:29~山県有朋誕生地0:33~桂太郎旧宅10:47~旧湯川家屋敷10:49/55~(中津江橋)~JR山陰本線・上野第1踏切11:12~荒神社11:15~維新ロード公園(トイレ休憩)11:24/31~吉田松陰先生墓所11:37/43~東光寺11:47~玉木文之進・松下村塾発祥之所11:50~伊藤博文旧宅・別宅11:56/58~吉田稔麿誕生地12:00~松陰神社・松下村塾12:01/05~郡司鋳造所遺構広場12:06/08~JR山陰本線・新川第1踏切12:22~吉賀大眉記念館・萩焼登り窯12:24~萩しーまーと(昼食)12:28/13:09~姥倉運河13:17~雁島橋・しろ魚漁の四手網13:23~旧萩藩御船倉13:31/41~野山獄跡(松陰先生入牢)・岩倉獄跡13:48/50~萩橋13:58~JR東萩駅14:02。



◇土原・川島地区。

・前原一誠。
萩の乱、維新後に不平士族と決起。松陰先生から高く評価され、尊攘・倒幕派の志士として活躍。
前原一誠旧宅の通り

・井上 勝。
「鉄道の父」と呼ばれ、小岩井牧場の創立者の1人で社名「井」の字。英国に密航留学、帰国後に鉄道頭、新橋~横浜間に日本最初の鉄道を開通させた。
井上勝旧宅跡

・長井雅樂。
幕府の開国策に対して鎖国論が高まったとき、萩藩の対策として開国貿易を基本とした公武合体論「航海遠略策」を建言する。
長井雅樂旧宅地

・林 百非(はやしひゃくひ)。
17歳の吉田松陰を自宅に寄寓させて兵学を指導し後見人を務めた。また松陰が一人前になるまで、藩校明倫館での講義を代行した。
林百非旧宅地

・藍場川小橋筋。
武士たちの邸宅が連ねていた。それぞれの家の門前に小さな橋がかかっていたので、小橋筋の名がついたと言われている。
藍場川・小橋筋

・山県有朋。
維新後は徴兵制を進め、陸軍大将となり、政界・軍部で絶大な権力を握った。総理大臣2回、参謀総長、枢密院議長など務め、政府の中心的な存在であり続けた。
山県有朋誕生地
 ・桂 太郎。
総理大臣を3回務めた。藍場川沿いの幕らしを穏やかに楽しむために明治42年に新築、流水式池泉庭園内に桂の銅像が立っている。
桂太郎旧宅

・旧湯川家屋敷。
藍場川最上流にある武家屋敷、母屋や長屋門、台所、庭園などが残る。川から水を引きいれた流水式池泉庭園の池から流れ出る水は、台所と風呂ばに作られた「ハトバ」で家庭用水として利用され、再び川に戻される。川の水を上手く利用し、環境にも配慮した家造りがうかがえる。
旧湯川家屋敷


◇旧松本村地区。

・維新ロード。
旧松本村の山麓道路、吉田松陰先生の誕生地・墓所などがある、遠くに萩デルタ・萩城跡を見渡せる。
維新ロード

同上、公園から萩デルタと指月山・萩城跡を望む

・吉田松陰先生(誕生地)墓所。
自然石の墓には、「松陰二十一回猛士墓」と刻まれている。万延元年(1860年)2月7日、松陰没後100日にあたり、吉田家墓地に親戚、高杉晋作、久坂玄随をはじめ在萩の門人ほとんどが出席し故人の霊を弔い遺髪を埋葬した。当時大罪人とされた松陰に対して、門人が水盤や花立を名前入りで寄進したのは、勇気のいる行動だった。
吉田松陰先生銅像、萩市内を望める

吉田松陰先生墓所

同上、案内図

・東光寺。
毛利家の菩提寺で総門・三門・大雄宝殿・鐘桜が国の重文に指定。本堂裏の毛利家墓所は3~11代までの奇数代藩主夫妻が葬られている。
東光寺、毛利家墓所

・玉木文之進。
本造茅葺きの旧宅前に「松下村塾発祥之所」と刻んだ石碑が立つ。玉木は松陰の父・杉百合之助の末弟で、天保13年(1842年)ここに松下村塾を開いた。性格は謹厳、剛直で、松陰にスパルタ教育を施した。
玉木文之進旧宅、松下村村塾発祥之所

・伊藤博文。
旧宅に隣接する別邸は、伊藤博文が明治40年(1907年)、東京に建てた豪壮な木造建築。平成10年、東京都品川区から往時の面影をよく残す玄関、大広間、離れ座敷が移築された。
伊藤博文別宅

伊藤博文銅像

・吉田稔麿。
松下村塾では高杉晋作、久坂玄随、入江九一とともに四天王に数えられた。幕長間を奔走するも失敗、元治元年(1864年)、池田屋事変で闘死した。
吉田稔麿誕生地

・松陰神社、松下村塾。
松陰神社は明治23年(1890年)に創建された吉田松陰を祀る神社。明治40年、伊藤博文・野村靖らの尽力で県社の社各の神社創設が許可され松下村塾の域内に創建された。
松下村塾は幕末、吉田松陰が主宰し身分や階級に関係なく門下生を受け入れた私塾の小舎。高杉晋作や伊藤博文など維新で活躍し近代日本の原動力となった多くの逸材を輩出した。
松陰神社

同上、松下村塾

・郡司鋳造所。
郡司家は西洋式の青銅大砲などの兵器の鋳造した。幕末攘夷の下関戦争に大砲が使用された。
郡司鋳造所遺構広場

・吉賀大眉。
萩焼の大家で文化功労者、記念館と萩焼登り窯を構える。
吉賀大眉、記念館・萩焼登り窯

・萩しーまーと。
道の駅の生鮮市場、漁港直結で旬の地魚や海産物品を安価で販売。海鮮料理を堪能できる食堂が大人気。
萩しーまーと

・姥倉運河。
詳細は下の説明板参照。
姥倉運河説明板

・しろ魚。
3月上旬に「萩・しろ魚まつり」。ハゼ科の魚で四手網ですくいあげる、生きたまま酢醤油に付けて食べるおどり食いが名物。
しろ魚漁の四手網、画面右側の漁船



◇浜崎・寺町地区。

・旧萩藩御船倉。
藩主の御座船を格納した倉、詳細は下の説明板参照。
旧萩藩御船倉

同上、説明板

・野山獄跡・岩倉獄跡。
松陰先生は海外密航に失敗して一年あまり投獄された野山獄で、他の囚人たちに孟子を講義、獄吏でさえも廊下で耳を傾けた。
野山獄跡・岩倉獄跡の配置図

野山獄跡

同上、説明板

岩倉獄跡

同上、説明板



◇JR山陰本線・東萩駅。
萩観光の拠点。JR山陰本線で益田市・下関市方面へ。JRバスと防長バスがJR山陽本線・新山口駅に連絡している。
JR東萩駅